2007年11月11日日曜日

キリスト教を信じることの利点 3/6

3. 人間関係が良くなる

私たちが社会生活を送っていこうとする時、人間関係は極めて重要なものになってくる。人間は一人で生きていくことができないからである。私たち人間が一人で生きていくことができないのは、私たちが人格を持った存在だからである。ここで人格を持った存在というのは、「あの人は人格者だ」というような言い方の時とは全然別の使い方である。人格を持った存在というのは、もう一つの別の人格を必要とする。それなしには生きていくことのできない存在ということである。

具体的に言えば、人間は人格の持ち主である神やほかの人間なしでは生きられない存在なのである。そういう者として、神は人間をお造りになられた。人間が神のかたちを持った者として造られたということは、そのことである。

人格を持った人間は、ほかの人格を持った人間を必要とする存在である。そういう人がいないと耐えられぬ孤独にあえぐようになる。現代人が孤独なのは、本当に交わりうる相手を持っていないところにある。愛と信頼によって成り立っている友や配偶者をあなたは持っているだろうか。

それでは、どのようにすれば、人間関係を良くすることができるのだろうか。それは決して小手先でできるテクニックのようなものではない。私たちが取る姿勢そのものに関係している。私たちの方が変ることが何よりもまず必要である。私たちが自分の言いたいことを言い、やりたいことをしていたのでは、決して人間関係はうまくいくものではない。

それでは、どうしたら私たちが変ることができるのだろうか。ある人は、自分の力でそれをしようとする。けれども、それは全く無理なことである。自分で自分を変えることなどできるものではない。もしもそれができるものであるとしたら、人間はとうの昔にあらゆる問題を解決し、そういうところから卒業していたはずである。だから、自分で自分を変えることなどできないのである。

相手が変ることを期待することは無理なことである。むしろ私たちが変ることを期待するべきである。神が私たちの生き方を根底から変えてくださる。キリスト教を信じる時、神がそうしてくださる。これが、キリスト教を信じる大きな利点であると言うことができる。