私は初めに、自分がなぜフィリピンに来たのかという話をした。戦時中、日本の軍人がフィリピンに行き、ずいぶん残虐な行為をしたのである。そのために私は謝罪に行ったのである。
集会が終わり、私が壇を下りて行くと、沢山の人々が寄って来た。その中に、二人の婦人がいて、そのうちの一人の婦人が隣の婦人を説明して、こう言った。「この人は、実はクリスチャンではなかったのです。」そこまで言うと、当の本人が続けてこう言った。
「実は、私は日本人を憎んでいました。夫も父親も私の見ている前で、日本の軍人に虐殺されたのです。ですから、私は日本人を憎むのは当然だと思っていたのです。そういうわけで、もしも今晩、日本人の先生がお話になることが分っていたら、私は決して来なかったでしょう。けれども、新聞にも載りましたし、この奥さんがしきりに勧めるので、私は来たのです。
プログラムが進んで、日本人の先生が話されると紹介された時、私は、ああ来るんじゃなかった。と思いました。けれども立錐の余地のないほど多くの人々が詰めかけておりましたから、帰ることができませんでした。私は聞くまいと思い、努力をしました。けれども、聞こえてきてしまったのです。
先生の話を伺っているうちに、私は日本人を憎んできたのは当然のことだと思っていたのに、それが間違っていたのではないかというような思いが浮かんできたのです。そして、日本人を赦さなければいけないのではないか、という思いが続いて起こってきました。そうだ、赦そうという気持ちが湧き起こってきたのです。そして、私が日本人を赦そうと決心した時に、私の心の中からすべての重荷が取り去られてしまいました。先生。今まで私が不幸であったのは、あの日本の軍人のせいだと思っていました。けれども、今初めでそうでないということが分りました。私が日本人を憎んでいたことが、私を不幸にしていたのです。」