2009年5月20日水曜日

永遠の視点で物を見ると

クリスチャンになって六十三年、牧師になって五十六年。あっという間に過ぎてしまったような感じがする。私たちが信じているキリスト教信仰は、永遠の視点からものを見るようにするので、たとい五十年でも百年でも、そんなものは一瞬の出来事に過ぎないのである。永遠の視点からものを見るようになると、物事が一変した。価値観も変り、悩んでいたことも悩む必要がなくなった。

クリスチャンになる前は、他人のことが気になって仕方がなかったものだ。他人と自分とを比較して、一喜一憂した。ほかの人がうまくいっているのを見ると、心の中にねたみ心が湧き上がって来るのをどうしようもなかった。これは、クリスチャンになってしばらくの間はそれがなくなったが、しばらくすると、また同じような考えが湧いてきた。牧師になっても、一緒に神学校を卒業した友人と、やはり比較した。それが、いつのころからか、そういうことをしなくなった。後輩であった人が伝道、牧会で良い働きをしているのを知っても、それを心から喜ぶことができるようになった。なぜ私がそのように変っていったかと言うと、その人々も決して競争相手ではなく、同労者であるということが分ったからである。それぞれの人に神が与えていてくださる賜物があって、それぞれその賜物を用いて、神の働き場で活躍しているわけだから、喜ぶのが当然だと思うようになったのである。競争相手と考えていた時には、やはり視点は自分の所にあって、自分中心に物事を見ていたのだが、神からの視点でものを見るようになると、自ずと見方、考え方が変っていった。主がそうさせてくださるのである。

永遠の神の視点からものを見るようになると、本当に楽になった。力む必要など毛頭ないし、背伸びする必要もない。自分の力以上のことをしようとして、あくせくすることもない。そういうふうになると、ストレスも減ってきた。毎日が楽しくて仕方がない。

永遠の視点でものを見るようになると、対人関係もうまくいくようになり、どんなことがあっても、あわてないで済むようになる。御言葉に教えられていることが素直に自分のものとして実行でき、他の人を無闇やたらに批判することも少なくなった。いつも感謝と喜びに溢れ、賛美に日を過すようになっていった。すべてハレルヤである。

2009年4月21日火曜日

もの書きになって

昔、私は書くことがにが手だった。それは私のにが手な科目の一つが作文であったことにも表れている。なぜ作文がにが手であったのかと言うと、本を読むのが余り好きでなかったことによる。本を読むよりも、ものを考えたり、作ったりすることが好きだった。そんな私が、今では百五十冊もの本を書くようになったのは、不思議と言えば不思議と言うほかはない。

もう一つのにが手のものがあって、それは、皆の前で話をすることであった。こちらの方は、キリスト教信仰を持つと、すぐ直った。皆の前で入信の話をするようにと言われ、三百人ぐらいいる人々の前で話をした時、それまでは多くの人々の前に立つと、頭の中が真白になってしまったのに、その日から私は落ち着いて、皆の前で話をすることができるようになった。

しかし、ものを書く方は一向に変りばえがしない。ものを書くという場合、二つのことがどうしても必要になってくる。何を人に伝えたいのかというものを持っているということがどうしても必要になってくる。そして、もう一つは、それをどのように伝えるかという問題である。こちらの方は、どちらかと言うと、日本語の技術の問題である。技術とは言っても、もっと具体的に言うと、伝えたいメッセージを、いかに相手に正しく伝えるかということで、つまりは、正しくて美しい日本語で表現するということに尽きる。私もそうであったが、文章の下手な人は、用語が貧弱なのである。物事を強調する場合、「非常に」以外にもいろいろな表現があるのに、そういう用語を使う努力をしようとしない。「今日は非常に暑く、スケジュールが非常にこんでいたので、非常に疲れた」という表現の「非常に」という部分をほかの言葉に変る工夫をしてみる。「今日はとても暑く、スケジュールはかなりこんでいたので、えらく疲れた」と言えば、同じことを相手に伝えることができる。

よい文章を見て、まねをすることだ。お習字を見れば分る。上手なお手本を見て、まねをする。それと同じように、良い文章をよく読み、その中のいい部分を自分の文章に取り入れてみることだ。

主が私に与えてくださった良いものを、何とかしてほかの人にも伝え、ほかの人に仕えていきたい。私がものを書いているのは、それが目的のほとんどである。

2009年4月13日月曜日

大きな試練に遭ったら感謝

人生にはいろいろなことが起って来る。患難、試練もしばしばある。そういうことが起って来た時、昔の私だったら、「何で自分だけがこんな大きな試練を受けなければならないのか」と言って呟いたものだ。クリスチャンになっても、しばらくの間は、そんな考え方をしていた。

ところが、ある時、次の御言葉と出会い、私の考え方は根底からくつがえされてしまった。
「あなたがたが今までに遭った試練は、だれにも襲って来るもので、特別なものではない。神は約束されたことを必ず果たしてくださる真実な方である。だから、約束通り、あなたがたが耐えられないような、厳しい試練に遭わせないばかりか、かえって耐えられるように逃れの道も備えてくださるのである。」(1コリント10:13)

私が耐えられないような、厳しい試練には、神が遭わせられないのだということを知ったからである。

母親が赤ん坊をお湯に入れる時、母親は赤ん坊にとって熱すぎもせず、冷たすぎもしない、ちょうどいい湯かげんを見極めてからでないと、赤ん坊をお湯に入れることはしない。

それと同じように、いや、それ以上に、神は私たちの霊的状態をご覧になっていて、これくらいなら大丈夫という試練の度合いを見極めてからでないと、私たちを試練の中に投じることをなさらないのである。

そのことが分った時、大きな試練に当面しても、神が私をそれだけ大きく評価していてくださるのだということが分り、感謝するようになった。だから、そういうことが起ってきた時、不平、不満を言うのは、全くお門違いなのである。ただこの際、覚えておかなければならないことは、神が大きな試練をお与えになった時、自分がこれほど大きな器に評価されているのだと思って、慢心してはならないことである。そんなことをしたら、たちまちにして足をすくわれて、倒れてしまうことだろう。

御言葉によって、私の人生は変ってきた。御言葉が私の人生の人格形成をしてくださったということがよく分る。私は弱虫であり、肉体ばかりでなく意志も弱い人間だった。どんな時でも不平、不満ではなく、感謝できるようなものに変えてくださったのは、神の言葉である聖書である。

2009年4月1日水曜日

自分に対してひどいことをした人を赦すことができるようになった

クリスチャンになる前の私は、自分に対してひどいことをした場合、決して赦すことなどできず、いつまでもその人に対して恨みを抱き続けていた。嫌な奴は、徹底的に嫌であった。そんな奴とは金輪際付き合うもんかと思ったものだ。

しかし、キリストと出会い、キリストを信じるようになると、キリストの御言葉を実行することに喜びを感じるようになった。初めのうちは、キリストが「あなたの敵を愛しなさい」(ルカ6:37)と教えておられる御言葉に出会っても、「それが出来たらいいだろうなあ」とか、それを目標として信仰生活を送って行けばそれでよいのだなどと考えてて、その御言葉をそれほど重く感じてはいなかった。

しかし、よく見てみると、この御言葉はキリストの命令であって、決して願望などではない。これは実行しなければならないのである。そうは言っても、そう簡単に実行できることではない。そこで、私はそれが実行できるように祈った。それを実行することは、そう簡単なことではないので、私は必死になって主の御前に出て、主の力を祈り求めた。

ある時、こんなことがあった。冬の寒い晩のことなのだが、私が床の中に入っていると、電話が掛ってきた。それは、もう十二時を大分過ぎていた。床から出て、電話器を取り上げると、何の応答もない。しばらく耳に当てていると、向うで電話を切る音がした。間違い電話ではなく、明らかに迷惑電話である。そこで、また床の中に入ると、数分してまた電話が鳴った。もしかして、教会員からの緊急電話かもしれないと思って、起き、電話口に出ると、さっきと同じ迷惑電話である。こんなことが二、三回繰り返されると、もう足が冷えて、眠れない。同時に怒りがこみ上げてきた。

次の瞬間、主が私に示してくださったことがあった。この人は、このようなことをして自己満足している気の毒な人だ。主の祝福によって心が満たされれば、もうこのような迷惑電話を掛けてくることもなくなるだろう。そうだと私は思った。そして、次の御言葉を思い出した。「あなたを迫害する者たちを祝福しなさい。祝福こそすれ、呪ってはいけない。」(ローマ12:14)

私がその人の祝福を祈った時、電話は掛ってこなくなった。

2009年3月23日月曜日

思い煩わなくなった

私は性来、母親譲りの取り越し苦労性だった。つまり気が小さかったと言っていいだろう。いつもくよくよしていた。取り越し苦労というのは、物事が実際に起る前に、それが起ったらどうしようかと思って悩み、それが起るとまた悩むという具合に、いつもほかの人より一回多く悩むのである。時には、それが起って来ないこともあるから、悩まないでもよいものについても悩むことになる。損な性分である。頭では分っているのだが、私はこの取り越し苦労性で悩んでいた。

ところが、私がキリスト教信仰を持つようになると、死の恐れからの解放と同時にやって来たのが、取り越し苦労性からの解放であった。それからと言うもの、ほとんど物事に思い煩うことはなくなった。それは、そういうことについてのあきらめではない。私をキリスト信仰へと導いてくださった全知全能の神、天地万物の造り主にお会いし、このお方を知ったからである。

そして、この神をさらに深く知れば知るほど、大船に乗ったような気持になり、何一つ恐れたり、不安になる必要のないことがよく分るようになった。だから、今では、どんなことが襲って来ても、思い煩うことはなくなった。

それでは、そういう問題が起らなくなったのかと言うと、そうではない。思い煩いそう面倒な問題はなくならないばかりか、以前と同じように起っている。私自身に関するものもないわけではないが、それよりも、私が関係している働きに関するものの方が、むしろ断然多い。次から次へと問題が起って来て、てんてこ舞いしそうなこともないではないが、そうしたことは、天地万物の主である神の所へ持っていって、お任せしてしまうのである。それは、神の言葉である聖書がそう教えているからである。
「神は、あなたがたのことを心配していてくださるから、あなたがたの思い煩いを、すべて神にゆだねてしまいなさい。」(1ペテロ5:7)

「何も思い煩ってはいけない。思い煩うことがあれば、どんなことでも、それを聞いてくださる神に、感謝の心を持って、申し上げるのがよい。そうすれば、私たちの常識を越えた神の平和が、キリスト・イエスによって、あなたがたの心と思いを守ってくださる。」(ピリピ4:6-7)

2009年3月8日日曜日

命のあるものは変るのが当然

私は、陸軍の士官候補生として訓練を受けた時のことが、リーダー養成の場合、いつも基本となっていたと思う。ある時、私はまだ若く、28歳の時であったと思う。神学校の専任教師として、神学生たちと生活を共にしていた。神学校は全寮制であった。入学時には緊張しているということもあって、学生たちは大体において真面目にやっているのだが、夏休み近くなると、たるんできて、夜遅くまで騒いでいることが多くなった。

ある晩のこと、説教演習と称して、一人の神学生がほかの神学生を集めて、落語をやっていた。神学生たちの騒がしい声が私の所にも聞こえてきた。時はもう夜の十時半を過ぎていた。寮のすぐ近くにはほかの家もあって、迷惑をかけることは火を見るよりも明らかである。私はついに我慢できず、その神学生たちにどなった。「近所迷惑も考えないで、こんなに夜遅くまで大声を上げるとは何事か。献身者として失格だから、すぐ布団をかついで、家へ帰れ!。」これは、後々までも語り草になっている。

それから五十年ほど経ってからのことである。一人の婦人が教会に来て、私に告白した。「私は今までに十回結婚し、十回離婚しました。」昔の私であったら、「どういう理由で結婚、離婚を繰り返したか分らないけど、そのことについて主にお詫びすることから始めなさい」と言ったかもしれない。しかし、この正直に告白した婦人に、私はこう言っていた。「あなたのような人は、きっと主に用いられると思いますよ。」すると、その婦人はこう言うのだ。「そんなことを言うのは先生くらいで、ほかの人は軽蔑の目を持って見ます。親にも言われました。『淫乱な娘だ。もう親でもなければ子でもない』と。」

私がそういったのは、決してお世辞なのではない。もしも離婚で苦しんでいる人がいて、私がその人に、「苦しくて大変でしょうね」と言ったとしよう。その時、その人はどう思うだろうか。「離婚の経験もない先生に、私の気持なんか分るわけがない」とは思わないだろうか。しかし、もしもそのような人にこの人が、「あなた大変ね」と一言言えば、それだけで、その人は、「この人なら今の私の気持を分ってくれるにちがいない」とは思わないだろうか。この人は、その後献身して神学校で学び、卒業後、開拓伝道をしている。どんな人でも、神に自分を捧げれば、神は用いてくださるのである。

2009年3月1日日曜日

私は変節したわけではない

コチコチの聖書信仰であった私が、今ではリベラルな立場の人々も、ローマ・カトリック教会やギリシャ正教会の人々も皆同じクリスチャンなのだと考えるようになったと言うと、変節したのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、決して変節などしているのではない。私は今なお聖書信仰に堅く立っている。聖書信仰というのは、聖書が誤りのない神の言葉であるということを信じているだけを言うのではない。聖書が教えているところに従い、その御言葉に生きているのである。

そのことと、私が広い考えをするようになったということの間には、何ら矛盾はない。というのは、主イエスの仰せられているところに従って、そのような考え方になったのだから。

クリスチャンの一致ということは、主イエスの悲願なのである。従来、私は「教会一致運動」とか「エキュメニカル運動」と呼ばれるものを見て、嫌悪感を感じていた。しかし、主イエスが祈っておられる祈りにおいては、「わたしたちが一つであるように彼らも一つになること」である。三位一体の神の一致性がそこで言われているのである。組織の一致協力ではなく、内的一致なのである。

それと、前回にも言及しておいたヨハネの忠告と主イエスのお答えの中に、私は主の御心を知ることができた。「わたしの名前を使って力強い奇跡を行っている人で、わたしに反対する人はいないでしょう。わたしに反対しない人は、わたしの味方です」(ルカ9:50)。これは私にとっては大きなショックだった。

今まで、聖書信仰以外の立場は、いくらキリスト教と称していても、それは異端とは言えないまでも、キリスト教の唖流だと、ずっと思っていた。だから、味方だとは考えることができなかったのだ。もちろん、敵というほどの思いはなかったにしても、決して同士だなどとは夢にも考えていなかった。

それなのに、主イエスのお考えは、私の考えとは全く違っていた。そのことが分った時、私は自分の考え方がいかにねじ曲がったものであったかということが分り、主イエスのお考えに従うことができたわけである。だから、私は変節したわけではない。主イエスのお考えに従ったにすぎないし、これからもそうしていきたいと思っている。