2008年5月14日水曜日

聖書について3

私が奇しくも聖書翻訳に携わるようになった経緯はこうである。第二次世界大戦直後の日本では、自力で聖書を印刷し、製本することはできなかった。いきおいアメリカ聖書協会が作って、送ってきてくれたのである。その聖書は、もちろん戦前に作られた文語訳聖書の写真版なのだが、残念なことに、戦後の教育を受けた者には読むことが難しかった。というのは、戦後の教育では、文章を書く場合、助詞を除き、表記法は発音通りにすることになった。つまり、「幸い」は、「さいわい」である。ところが、戦前の日本語表記法はこれとは異なり、この文語訳聖書では「さいはひ」と書いてある。「憐み」も「あはれみ」であり、「あわれみ」ではない。「効力」も「かうりょく」であって、「こうりょく」ではない。

これではだめだと思ったので、早速、私訳をし始めた。もちろん、口語訳である。そうしているうちに、日本聖書協会より「口語訳」が出された(1956年)。これは、かなりひどい訳ではあったが、当時使える聖書としてはこれしかなかったので、使わざるをえなかった。これがひどい訳であるということは、聖書の原文を勝手に変えて訳したり、キリストの権威をあえて認めようとしなかったりしていた。そこで、日本プロテスタント聖書信仰同盟では、日本聖書協会に質問状を提出したにもかかわらず、一向に返答はなかった。

そうこうしているうちに、聖書を誤りのない神の言葉と信じる人々の中から新しい聖書翻訳の気運が高まり、アメリカのロックマン・ファウンデーションの協力を得て、「新改訳聖書」を出すことができた(1970年)。私もその時、翻訳者の一人として加わった。

その後、日本聖書協会では、カトリックと「共同訳聖書」を作るということに先立ち、アメリカ聖書協会翻訳主任のユージン・ナイダ博士を招いて、「ダイナミック・エクイバレンス」なる翻訳理論の説明会を開き、私もそれを聞いたのだが、従来の翻訳原則が頭にこびりついているため、全く受け入れられなかった。

その後、リビング・バイブルの序文にケネス・テイラー博士が、このような意味のことを書いておられた。「新約聖書で旧約聖書から引用する時、原文とはかなり違った引用の仕方をしている。このようなことが許されるなら、このリビング・バイブルもありうるはずだ。」この時、私は「ダイナミック・エクイバレンス」の翻訳理論が分ったのである。しかし、リビング・バイブルは厳密には翻訳ではないが、私は新しい翻訳原則で原文から翻訳しようと思った。